User Interview Vol.7 後編 - 「おいしい体験を届けるために」田村浩二の眼差しに宿る、強い光の理由
User Interview Vol.7 後編
「おいしい体験を届けるために」
田村浩二の眼差しに宿る、強い光の理由
objcts.ioユーザーの方にインタビューする企画。第七弾でお話を伺ったのは、「世界一じゃなく、あなたの人生最高に。」の想いを込めたチーズケーキブランド「Mr.CHEESECAKE」代表取締役で、シェフの経歴も持つ田村浩二さん。
前編では、ご愛用いただいている『ソフトバックパック』の使い心地や、同じ作り手として弊社デザイナーの角森が共感するオンオフの過ごし方について伺いました。
後編では、田村さんの妥協のないおいしさへのこだわりや、23歳の頃から毎日続けている習慣、お客様においしい体験をしていただきたくて作った、ある商品について語り合います。
作り手として妥協できない、手作業の工程
角森: ここからは、田村さんのワークスタイルや、仕事をする上でのこだわりなどについてぜひお聞きできればと思います。「Mr.CHEESECAKE」は田村さんのこだわりが詰まったブランドだと思いますが、製造の部分など特に興味があります。
田村:「Mr.CHEESECAKE」のチーズケーキは、手作業で一つ一つ型にバターを塗ってから型紙を貼り、生地を流して焼く工程を踏んでいます。
作業が早く済むスプレータイプの植物油もあるのですがオーブンで焼いているときにバターの香りがオーブン全体に広がることで、ケーキ自体にもバターの風味が香ると思っています。
角森: 1日に作るケーキが増えるほど、バターを塗る工数も増えますよね。その分、人手が必要だけど、そんな無尽蔵に人を増やすわけにもいかない。
田村: そうなんです。経営者目線で考えると絶対に変えた方がいいんですけど、その一手間があるからこそ、実現できるおいしさがあると思っています。「Mr.CHEESECAKE」というブランドや作り手としての目線からは、どうしても妥協できない部分なんですよね。
角森:お話を伺っていて、objcts.ioの製品開発にも通ずるところがあると感じました。
今販売している製品にも、機能性を追加しようと思えばすることもできます。でもそうすると、僕がものづくりと向き合う上で大切にしている、“機能性と美しさの両立”が難しくなってしまう。そのバランスの取り方は、僕も常に意識しているところです。
全て自分で試作を進める理由
角森:製品開発についてのお話を伺っていて思ったのですが、田村さんはどの工程までお一人で進められているのでしょうか?
田村:ほぼ最後までです。全て自分で試作をして、製造時のオペレーションを組むところも考えています。
角森:すごい、そこまで丁寧にされているんですね。
お一人で作っているときに、誰か壁打ち相手が欲しいなとか、思われたりしないんですか?
田村:ほとんどないですね。迷うことがないと言ったら語弊がありますが、「こういう味を作りたい」っていう答えが自分の中に明確にあります。
僕は、過去に経験したことのある味を超えられるものを作りたい。だから、今まで自分が食べてきた“おいしさの引き出し”を開けて、今作っているものと比較してみるんです。そこで自分の理想とする味と完成した味とのギャップの部分が分かって、埋めるために改善しています。
でも、「Mr.CHEESECAKE」の商品はすごく制限のある中で味を作らなきゃいけなくて。冷凍配送なので、生の素材とあまり相性が良くないんです。生のフルーツを冷凍すると、細胞が壊れて水分が出てしまうんですよね。
角森:日持ちも悪くなりますよね。
田村:そうなんです。加工されている素材を前提に作る必要があるのですが、フレッシュで新鮮なものとの味の差をなくすためにはどうすればいいのかを考える必要があるんです。
例えば、いちごのピューレは加工されたものが多いのですが、フレッシュな香りを引き出すためには他の食材の力を使うことがあります。
柑橘とかハーブみたいな高いトーンの香りがある山椒や、青い香りのあるオリーブオイルを少し混ぜると、いちごの中のフレッシュさも引き立つんです。
23歳から、欠かさず続けている習慣
角森: なるほど。例えば、ある材料を何グラム入れると、どんな味わいに仕上がるのかイメージできるのでしょうか?
田村: はい、チーズケーキだけでも25種類くらいの味の違うものを作っているので、フォーマットが自分の頭の中にありますね。
角森: 僕も開発をしていて、自分のレシピがすぐに浮かんでくることがあります。それって、自分がこれまで積み上げてきた経験によって引き出されますよね。
田村さんの積み上げてきた経験っていうのは、修行時代の頃の経験や、試行錯誤を繰り返されてきた過去の実体験から導かれているんですね。
田村:その引き出しを増やすために、23歳の頃からずっと「自分が食べるもの全てに意識を巡らせる」ことを習慣にしています。コンビニの商品や高級フレンチ、親の料理でも、食べるときに“自分が口に入れたものに対してどう感じるか”を常に考えています。
例えば煮物って、家庭料理の場合は毎回味とか野菜の量とかが違いますよね。そういうものだと思って食べると特に何も感じないんですけど、「今日の煮物は人参がすごく甘かったな、なんでだろう」とか「食感がある時の方が、食べていておいしいかもしれない」とか考えています。
田村: 思考の回数でいうと、1日に3食、年間で1000食、10年後には1万回の差が生まれます。
その習慣を続けていると、「味としておいしい」という抽象的なものよりも、「どういう食感が好きで、どういう風に口の中で変化するのが好きで、どういう香りが好きなのか」みたいな具体的な基準がはっきりしてくるんです。料理の技術が上がると、食べたときの味の輪郭と、どう作ればいいのかプロセスも合致してくるんですよね。
僕は料理に対しての解像度を上げていく中で、特に「香り」に着目しているのですが、食材が持つ香りの性質を調べるうちに、相性の良い組み合わせや、どういう加工を施したら香りが生きてくるのかが解ってきて。
自分の中の"おいしさ”の基準・技術・食材の相性に対する知識がかけ合わさることで、自然と素材の組み合わせの引き出しも増えました。
角森: かなりロジカルなんですね。素人目線では、シェフの方々はもっと直感とか感覚を大切にされているようなイメージがありました。
田村: 僕も修行時代は直感的に考えるタイプだったのですが、経験を積んでシェフとして料理を作り出す中で、香りのことなどを調べるようになりました。
僕は“おいしいものを存在させること”というより、“料理を食べた人が、どうおいしく感じるのか”に興味があるんです。
「Mr.CHEESECAKE」オリジナルのスプーン
角森: 田村さんがいつも『ソフトバックパック』に入れて持ち歩かれているスプーンについて伺いたいのですが、なぜスプーンがバックパックに入っているのでしょうか?
田村: これは「Mr.CHEESECAKE」のために作った、オリジナルのスプーンなんです。スプーンって、味に影響を与えるものだなと思っていて。
例えば、木のスプーンって木の味や香りがしますよね。スプーンって今まで当たり前のように使っていたけど、想像以上に素材や形状が味に影響を与えているのかもしれないと思って。そう考えたときに、うすはりのグラスのように味に影響を与えない、なるべくフラットでスプーンの存在感がないものを作りたいと思って開発しました。
「Mr.CHEESECAKE」のオリジナルスプーンは、樹脂製なので温度に影響されることがなく、無味無臭です。あとは、厚みが薄いのでスプーンを口から引くときに、ケーキだけが口にすっと落ちてくる感じですね。厚みがサイドと中心部分で違うのでスプーンを光に当ててみるとすごく分かりやすいと思います。僕はこれが一番「Mr.CHEESECAKE」の商品をおいしく食べられるスプーンだと思っています。
田村: スプーンの先端は0.3mmで、ギリギリの厚さに仕上がっています。
最初は「強度を保てるか分からないので、作ることはできない」と言われていたのですが、譲れないところだったので、一度試して欲しいと粘りに粘って。そうしたら、「意外とできました」となりました。笑
角森:ものづくりのあるあるですね。笑
僕は職人出身なので、田村さんの思いも製造者の方の気持ちも分かります。お互いに「この方法なら実現できるかもしれない」とか、意見交換や試行錯誤をして、やっと一つの製品が完成しますよね。
田村:本当にそうですね。苦労した分、さらに思い入れの強いスプーンになりました。
何を食べるときもこれを使うようにしてるので、鞄の中にずっと入れています。外出先で他のお菓子屋さんでケーキを買った時にもこのスプーンを使っています。鞄からスプーンがでてくる人って、なかなかいないですよね。笑
角森: すごい、マイスプーン。笑 田村さんならではのエピソードで面白いですね。
田村:いろんな色や形状で試作品を何回も作りました。これが一番初期のスプーンなんです。
角森: わあ、すごい!プロトタイプだ。もんじゃ焼き屋で出てくる、コテのような見た目ですね。
田村: 薄くすると刃物になってしまうとの事で、金属は諦めました。
それで次に樹脂で作ることになったんです。微妙な違いの中から一本に絞るまでの時間はとても楽しかったですね。
「専用のスプーンってそんなに重要?」と思われる方もいらっしゃると思うんですが、実際に使っていただいた方々のリアクションはとても良いんです。食べてみればその違いがわかりますね。
食べるところまで想像して味を作っていることを知っていただけると、僕が大切にしている“おいしい体験”へのこだわりが伝わるかなと思っています。
角森: 商品をお客様に届けて終わりではないんですよね。
田村: そうそう。売ることはビジネス目線で考えると一つの目的にはなりますが、ブランドとしては良い時間を過ごしていただくためにケーキを販売しているので。その体験をより良くするためには、スプーンが一番インパクトが大きいなと思ったので作りました。
角森: そこまで真剣に向き合うからこそ、ブランドとして取り組む意味がありますよね。
商品をただ量産するのではなく、笑顔にしたい一人を思い浮かべて製品開発を進めていく。「Mr.CHEESECAKE」のブランドコンセプトである「世界一じゃなく、あなたの人生最高に。」の言葉に含まれた思いについて、田村さんのお話を伺えて本当に面白かったですし、作り手として刺激的なひとときでした。また機会があれば、ぜひお話しさせてください!
田村: ありがとうございました。スプーン用ケースの開発、楽しみにしています!笑
田村 浩二 / Koji Tamura
Mr.CHEESECAKE 代表取締役
新宿調理師専門学校を卒業後、乃木坂「Restaurant FEU」にてキャリアを開始。ミシュラン二ツ星の六本木「Edition Koji Shimomura 」の立ち上げに携わり、表参道の「L'AS」で約3年務めたのち、渡仏。
World's 50 Best Restaurants 2019 の1位を獲得したミシュラン三ツ星のフランス南部マントン「Mirazur」、一ツ星のパリ「Restaurant ES」で修業を重ね、2016年に日本へ帰国。2017年には世界最短でミシュランの星を獲得した「TIRPSE」のシェフに弱冠31歳で就任。
World's 50 Best Restaurants の「Discovery series アジア部門」選出、「ゴーエミヨジャポン2018期待の若手シェフ賞」を受賞。 現在はMr. CHEESECAKEの他、複数の事業を手掛ける事業家として活動。
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