デザインの意図 - エッセンシャル カメラストラップ-
-デザインの意図-
エッセンシャルカメラストラップ
「美しいカメラストラップがほしい」
私たちのアイデアが形になっていく過程と、なにを届けたいと考えているかについて書いておこうと思う。
きっかけ
2021年の冬。
市川渚さんからカメラストラップへの悩みを聞く機会があった。
生活を通して様々な取り組みをしている彼女にとって、カメラはいつも近くにいて欲しい存在なのだが、使っていて満足できるカメラストラップが一向に見つからないという。
ただ身に付けるためだけの機能を持った物は求めておらず、ファッションを愛する者としての偏愛とこだわりがある自分のスタイルを貫きながら、カメラを毎日軽快に持ち歩けるようになる物を欲しているようだった
「理想のカメラストラップをつくってみたい」
この言葉が、今回の出発点となっている。
なぜカメラストラップを
つくったのか
少しだけ過去の話を挟む。
彼女とは以前、「ドローン用バッグ」を一緒に開発した。このユニークなバッグはのちに「ウィークエンドカメラバッグ」という製品へ進化して、いまでは多くの人から愛されている。
カメラバッグとして活用できる可能性にいち早く気付いたのは、他の誰でもない渚さんだ。
ウィークエンド カメラバッグが好かれている理由は、
「多くの人が機能性重視のカメラバッグに抱いていた課題を、デザインの力によって解決することでカメラをより身近な存在にしたから」だと思っている。
ふとしたとき、カメラバッグと似たような課題を抱えるカメラストラップでも同様の感動を届けられるかもしれないと想像した。同時に大変な開発になることは間違いないことも。
カメラストラップなんて”ただの紐”だからつくるのは簡単、と思う人はいるかもしれない。しかし、あの細長いベルト状の物に対して自分たちのこだわりを詰め込むことは至難の業である。
できることが極端に限られているのに、得られる体験は素晴らしいモノにしなければならない、というのは困難だからだ。
だが、「もしかしたら渚さんとならつくれるかもしれない」と考えた頃には、きっかけとなる話をしてから1年が経過していた。私から直接相談させてもらい、すぐに「やりたい。つくりましょう」と言ってもらえたことで開発を始動させることになった。
どんな製品を目指し、
どのようにつくったのか
目指したのは「美しく上品な佇まいで、使い手のスタイルを崩すことなくカメラを軽快に持ち歩けるカメラストラップ」だ。
それは、渚さんのようなハイブランドの服を着こなすスタイルにもファッションアイテムとして身につけることを許される物になってる、ということである。
私は、渚さんのスタイルを観察し、「どんな見た目の製品にするべきなのか」を想像することから始めた。
否応にも機能を求められるカメラストラップの開発で、審美性を追求するために多くの時間を割いたことは大きな意味を持つ。機能を考えることは、往々にして美しさへ制限をかけることに繋がるのだ。
結果として、誰も見たことがないデザインのカメラストラップが生み出せたのは、この時間を大切にすることが功を奏したと信じている。
とはいえ、構想段階で審美性のみを追求し続けても選択肢が無限にあって「あるべき姿」を見出しにくい。そのため、充分に可能性を拡げたあとに、必要な機能を含む製品全体の要件を整理し始めた。
私が常に心がけたのは、自分の考えを可能な限り可視化すること。
例えば、
・審美性と機能性の要件
・製品構造
・サンプル製作で達成すべきこと
・課題と対策
・現在に至るまでの思考プロセス
などをテキストやスケッチに書き起こすことで、渚さんに進捗や悩みを打ち明けながら議論することができた。
そうした話し合いの中で、最も重要な方針を開発初期に定められたのが、今回の開発を成功に導いたと言っても過言ではない。
方針は実に明快。
「審美性を犠牲にする機能は取り入れない」
「装飾性を過剰に高めない」
この2つだ。
製品の要件を定めるとき、画期的な機能を搭載しつつ、こだわりのファッションスタイルに負けない尖った見た目にしなければならない、と考え込んだことがあった。
たとえば、「研ぎ澄まされた美しさがありながら、肩掛けサイズからハンドストラップサイズまで自由に調整できる機能がある」という無理難題を実現させようとしたり、「ビビットなカラーをアクセントに入れてみる」なども検討した。
しかし、話し合う中でその考えは変わっていく。
画期的な機能や目を見張る装飾を無理して採用しなくとも、私たちが思う美しいカメラストラップを素直に考えれば「あるべき姿」は自ずと見えてくるはずだと。
渚さんとなら形にできると信じた最初の思いは、やはり間違いではなかったと確信した。
何にこだわったのか
完成した製品は「エッセンシャル カメラストラップ」と呼んでいる。
高級感を醸し出すふっくらとしたシルエットは、しなやかで上質な防水レザーと厚みのあるスポンジを活かすことで生み出しており、これには多くの試行錯誤を要している。
ストラップの幅、革や芯材の材質と厚み、各パーツをどんな方法と順番で組み立てるか...
これらの変数の組み合わせ次第で仕上がりが全く異なってくる。
数えきれない試作品の中から最もしなやかで美しい曲線を描いたデザインを採用したのだが、ここで、モノづくりにおける面白い発見があった。
ストラップの審美性を追求したことによって、想定以上の機能的価値が付随してきたのだ。
このカメラストラップは、幅15mmの細いデザインとなっているため、首や肩へ負担がかかる印象を受けるかもしれない。しかし実際は、その予想を裏切るようにカメラが軽く感じられる。
最初に身に付けたときに感じる驚きはこれだ。
ある人が試しに1日だけ使ったとき、自身が身に付けているのにも関わらず、帰宅の際にオフィスにカメラを忘れてしまったと思わされたという。
美しい見た目を追求した結果、身体に溶け込む感覚を覚えるほど身体への負担を減らす機能を両立できたのだ。
さらに、細くてしなやかなストラップのデザインは多様な持ち方をも実現する。
ハンドバッグのようなワンショルダースタイルや手首に巻きつけるなど、さまざまなスタイルを可能にしており、どの持ち方でも、ふっくらシルエットでもっちり質感のストラップが身体に馴染んでくれる。
たった1本の中心ステッチで仕立てるデザインは、レザーストラップでよく見られる切りっぱなしの断面を一切露出させないため、断面に塗布されたインクが割れたり、剥がれたりする事象が一切発生せず、永く美しい状態を楽しんでもらうために欠かせない要素となっている。
もちろん、カメラに取り付けるストラップの根元部分にも細かいこだわりを詰め込んだ。
審美性を追求しつつ、カメラが滑落しないための安全性を担保するために「サル革」というパーツと、「ノンスリップレザー(人工皮革)」という素材を活用することに。
「サル革」とは、長さ調節用金具の上下に配置されたストラップ固定用の革パーツで、左右に2つずつ配置してストラップの遊びを無くすことで見た目をすっきりさせている。
カメラストラップに詳しい人であれば、上の画像の取り付け方だと緩みが発生するのではないかと不安になるかもしれないが、ストラップ根元部分の裏側には「ノンスリップレザー」を使用することで緩みを防止できる設計にしている。
「ノンスリップレザー」というのは、主に靴の中敷きに使用される素材で、簡単に説明すると「滑り止め加工が施されたレザー調の素材」のことだ。
ストラップ根元裏面に
「ノンスリップレザー」を使用
この素材が使われた面同士が重なることで強い摩擦が発生し、ストラップが緩まないように配慮している。
(※製品には万全を喫しているが、正しい取り付け方ができているかと、緩みが発生しないかは使用前に必ず確認してほしい)。
ストラップ根元部分のこだわりは、さらに奥が深い。
下の画像は、3rdサンプルを製作する際に2ndサンプルからの変更点を図式にしたもので、内部構造を0.1mm単位で調整していることがわかる。
生産品の品質を安定させるために、耐久性を担保しつつストラップの厚みをあと0.5mm薄くする必要があったため、表面の防水レザーの端は「ヘリ返し仕様」から「切りっぱなし仕様」に変更して薄さを出し、裏面は内部の芯材の厚みを足しつつ、「ヘリ返し仕様」を維持している。
これにより、革の切りっぱなし部分の露出は可能な限り抑えつつ、生産時に厚みの誤差が出る範囲を最小限にすることに成功した。上記について、渚さんのYouTubeで15分55秒あたりから解説しているので気になる人はぜひ。
そして、金具の開発にも多くの時間を要している。
上品な質感かつ耐久性のある金具を目指して、十数種類の金具を独自の耐久テストに通して検証を繰り返し、最終的には海外の優秀なサプライヤーの力を借りることで解決させた。
金具を製作する際に何トンにも及ぶ圧力をかける工程があるのだが、その圧力を一般的な工場と比較して3倍以上の圧力をかける工場へ製作を依頼し、本製品に最適な表面加工を施すことで完成に至っている。金具だけで4ヶ月の時間を費やした。
また、Leicaなどへ取り付ける際に使用する金具を真鍮製にすることで、カメラ本体が痛みにくいようにも配慮している。真鍮よりも硬い材質の金属を使ってしまうと、カメラ本体が摩耗しやすくなるためだ。
金具の違いは、見た目では決してわからない。しかし、ストラップ本体同様に本質的なところまで徹底してこだわる姿勢は最後まで崩さなかった。
開発を終えて
- デバイスとファッションの心地よい関係とは -
多くのこだわりを詰め込むことで本製品は完成させることができた。
私はもちろん、渚さんも同じもしくはそれ以上の熱量でモノづくりに臨んでいて、サンプル製作をするたびに2人で工房へ足を運び、完成したサンプルを手に取りながら議論した日々は、今では懐かしい気持ちになるほど充実していて濃い時間だった。
これだけの熱量を込めてつくった製品を多くの人の手に取ってもらいたい。
もう、カメラを持ち歩こうとする度に身に纏う服に悩むのはやめよう。
審美性を高め、デバイスが身体に溶け込む感覚を覚えるようデザインされた物は、使い手のスタイルを崩すどころか、使っていてとても心地よい。
エッセンシャル カメラストラップは、それを体現する素晴らしい製品の1つになると私は信じている。
記事内で出てきた製品
エッセンシャル
カメラストラップ
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